2011年12月23日金曜日

【近況】最近の様子




気が付くと2ヶ月も更新していませんでした。

この2ヶ月間の出来事をざっくりとメモしておこうと思います。

・10月末~11月末
TPP問題が再燃してきて、その問題についてずっとネットに張り付いて調べていました。

・11月末
バルセロナに行ってきました。
ベルリンで親交を深めたダニーの30回目の誕生日ということで、ダニーには内緒で誕生日パーティにサプライズゲストとして参加しました。

・12月~
共同オフィスに通っています。
ずっと引き篭もっていたらモチベーションが下がりまくってしまったので、メリハリをつけようと。
現在は日本にある友人の会社からメールでやり取りができる仕事を振ってもらっていて、それで生計を立てています。

・12月10日
友達の結婚式に出席しました。
イスラエル人とドイツ人のカップル。本当に仲のいい2人。


こうやって考えるとオープンスタジオが終了した後、一回ガクッとモチベーションが落ちたけど、親友との交流からまた這い上がって来たという印象です。自信を持って親友と呼べる仲間と出会えたこと、これだけでもドイツに来たことに大きな意味があると思う。いつも会う度に出会えて良かったと感謝するなんて、自分で言うのもなんだけど、すごく幸せなことなのだろう。


制作の方も少しずつ流れが出て来たようです。
1月末には2回目のオープンスタジオを予定しています。それ以外にも外で展示する機会を作らなければならないです、そこが回ってくるともっといいのだけど。

最近はマスクを作っています。



2011年10月23日日曜日

【近況】じりじり



最近は家に篭ることが多くなっている気がします。気がするじゃなくて、実際には圧倒的に家にいる時間が増えました。 生活の為の仕事もパソコンで出来るし、制作も当然家で行うので、ドイツ語学校に行かなくなってからというもの、食料品を買う以外に外に出る必要が無くなってしまっています。 まあそれでもたまには人に会いますが、家にいてパソコンと向き合っていると時間が過ぎるのが本当に早く感じます。 一応働いていますが、半分はニートというか、引き篭もりみたいになっています。日本にいた時には考えられない生活スタイルです。

コミュニケーションの大事さを実感します。

家族と暮らしたり、恋人と暮らしたり、職場を持っていると、好むと好まざるとに関わらず、毎日人と触れ合うことになります。 今の僕にはその環境が無い。日が落ちてくる頃には軽く凹むこともありますが、その分、人と合う事に大きな価値を感じます。 ただ会って一緒にお茶をしたりご飯を食べる、そして話をする、そんな当たり前の事がこんなにも有難い事なのかと思います。

日本にいた時には感じられなかった事です。

僕は自分で自分の事をアーティストだとか芸術家とかを目指して生きている訳ではないし、また自分で自分をそう名乗るつもりもありません。 ただ僕の今の生活スタイルは一般に会社勤めをしている人や学生なんかと比べて、随分と違うと実感します。 確かに絵を売って生活が成り立つようになったらそれでいいと思いますが、僕の場合は表現すること、発表すること、人と出会うこと、経験をすること、このサイクルで螺旋状に登っていくことが生きる第一の目的となっているので、それが芸術かどうかとかは関係が無いんですね。それで気分を良くした所で全く意味が無い。

いいものはいい。

なので、結果を期待して制作したり、生きて行くのとは随分と離れた所にいるのだと思います。 結果はあくまでも結果であって、それと関係なく、自分にとって感動できる作品を追求する。一日長く生きればそれだけ経験も増え、さらにいい表現が出来るようになる。 そこにはゴールは無いと思っています。いや、ゴールはあるんだけど、それは例えば0ゼロというのがゴールなんだけど、その絶対的なものというのはこの世界には存在しないと考えています。絶対的なものは意識の中にだけ存在し、この世にあるそれだけで不完全という考え方です。 ただし、ゼロに限りなく近づくことが出来る、その道程は無限です。小数点以下のゼロが無限に増えていきます。

絶対を志向して、終わりの無い道のりをじりじりと進んで行く。そんなイメージ。

この道って、何も答えが用意されていないんですよね、常に自分で考え、自分の感覚を頼りに選んでいく。 その先に作品を通してであったり、偶然の出会いがあって、その出会いが次に進むべき道を示してくれる。 でも感覚だけで生きて行くことは僕には出来ない。思い立ったら先の事を考えずに動くことも多いですが、普段は慎重派です。 健全な思考や哲学というものも同時に志向しています。それはインターネットでの情報収集や本を通じて得られる事が多く、それにどれだけ自分が実感として得られるかが大事だと思っています。

そういう思索や経験というものが土台にあって、行動というものに中身が伴う。 生きるということに対する僕の態度とでもいいましょうか、思いつくがままに今回はダラダラと書きました。

要はその時その時で次のミッションを自分で見つけてそこに向かっていく、ということの繰り返しなので、例えば展示が終わった後なんかはガクッと落ちるんです。 しかも一人でいる時間が果てしなく多いので、そういう時は気持ちのコントロールが難しい。 いずれにしてもいい環境にいるので、次に自分が燃え上がるのは何かを探している、もしくは待っている状況です。


最後に、オープンスタジオで発表した作品を中心に、新作をウェブサイトにアップしました。
よかったらご覧ください。
http://www.tomohisa54.com/index.html


2011年10月3日月曜日

【展示】「Open Studio vol.01」

このブログでは事後報告になってしまいますが、先月より2週間に渡って自宅で作品を公開していました。
友人、知人を中心に、声をかけて興味を持ってくれた人とそれぞれ時間を決めて来て貰いました。

それが昨日で一応日程を終了したので、感想をまとめました。
詳しくは以下のページよりご覧ください。

オープンスタジオ感想
http://www.tomohisa54.com/jp/event/201110_OP01/openstudio01.html

無理やりながらもドイツ語で作品を説明する毎日でした。
思いがけない出会いもあったりで、もがきながらも、じりじりと前に進んでいる実感はあります。

第2回目は11月後半を予定しています。


石塚

2011年9月5日月曜日

【展示】「KUNSTSALON」と「Gran Grito」




会期直前の告知になりますが、下記のイベントに作品を出品する事になりました。

「Berliner KUNSTSALON」
会期: 2011年9月7日-9月11日
時間: 水-土:14時-22時、日:12時-20時
会場: UFERHALLEN (Berlin)→地図
オープニングイベント: 2011年9月6日(火)17時から
Kunstsalon Longnight: 2011年9月8日(木)22時30分-26時
http://www.berlinerkunstsalon.de/content-de/aussteller.htm

一人の作家さんとの出会いがキッカケでした。
彼は自分で何かを作るというよりも、色々な作家の展覧会に出掛けては
その様子をビデオに録画しては自分のウェブサイトで紹介する活動をしていて、
僕が始めて彼に出会ったのもある展覧会場でした。

僕の名刺を渡したら、「僕の事を描いて欲しい」と言われたので、
後日、彼から貰った名刺の写真を見て、小さな作品を一枚描きました。
それを彼に見せると今度はもう少し大きな作品を描いて欲しいと言われ、
合わせてお題も出されました。

それは、エドヴァルド・ムンクの「叫び」を参考にして、
彼を描くというものでした。
題名も初めから決まっていて、「Gran Grito」スペイン語で「大きな叫び」という意味だそうです。
東日本での震災、原発事故に非常にショックを受け、それに対する叫びでもあるという事らしいです。
あとこれは僕の推測ですが、彼が僕を選んだのは、彼の想いを表現する時に、
被災地した国の人間でしかもベルリンという、日本から離れた場所、彼と同じ場所に住んでいる事、
そして僕の画風が条件に合っていたのかなと思います。

もしくは単純に僕の作品を見て、そこからアイデアが思い浮かんだのかも知れません。

いずれにしても、僕としては、こうしてお題が出されて制作をするというのは
滅多に無い事なので、最初は戸惑いましたが、なかなかいい経験でした。


今月は初のオープンスタジオを行う予定なので、
それに向けても、いい出会いがあるといいなと思っています。


その作家さん
BERLINER KUNSTKONTAKTER
http://www.berlinerkunstkontakter.de/
TOMOHISA54.com
http://www.tomohisa54.com/



2011年8月27日土曜日

【動画作品】「Shadow 20110820」



また動画を作りました。

音楽もそうですが、特にストーリーも何もありません。
伝えたいものがある訳では無いのです。
絵を描くのと同じで、まず表現がしたいという欲求があり、そして他者に見せる事で改めて自分という存在を確認したい、そういう事なのだろうと思っています。
もの凄く個人的な自己満足の世界なのです。
これについてはまた今後ゆっくり書きたいと思っていますが、自分の作品でもって社会に対してどうしたい、という考え方とはそもそも方向が間逆なので、説明するのに苦労します。

そんな作品ですが、何か感じるところがあれば嬉しいです。


ベルリンはここに来て真夏の暑さです。
でもこれもあと数日。

いつか南極に行きたいです。
あとアフリカ、サハラ砂漠、中南米のキューバ、ボリビアも行ってみたいなあ。

2011年8月11日木曜日

Tempelhof 20110806



また1ヶ月が経ってしまいました。

この期間、10日程、フランスとスペインを旅行して来ました。
写真は1,000枚程撮ったので、またぼちぼち紹介して行けたらと思っています。

動画をこしらえました。
テンペルホフ公園の様子です。

写真をコマ撮りで1,000枚程使い、音はICレコーダーで直接録音したものに、僕が弾いたピアノの音を載せました。
自分としてもお気に入りで、何度も何度も見直しています。


そして、明日から、地元秋田より3歳の時からの付き合いの友達がベルリンに遊びに来ます。
ベルリンは寒いです。


2011年7月11日月曜日

5月11日を忘れない



前回の投稿から1ヶ月が経ちました。
早いものです、そして書く時と書かない時と、極端な自分を再認識。

この1ヶ月は、仕事とビザの申請の準備に追われ、あっという間に過ぎ去りました。
特に新しいビザの準備では、始めは情報が少なく、そして期日が迫っていた中だったので、ヒヤヒヤものでした。

奇跡的に全ての書類が直前に集まり、先日、無事に2年のビザを取ることができました。
その節は多くの方に協力をしていただき、本当に助かりました。


そういう訳で、公園でゆっくりする暇も無く、カフェで考え事をする時間も無く、
言葉を紡ぐ余裕がありませんでした。
仕方の無いことでしょうが、心が硬くなっているようです。


また、今週の水曜日の夜から25日にかけて、フランスとスペインを旅行する事になりました。
語学学校の友人が夏休みで帰省するのに合わせて、遊びに行ってきます。
両国ともほぼ初なので、今から楽しみです。


大震災から4ヶ月、そしてあの日から2ヶ月。


どこにいても、

見上げる先の大空で、

僕達は繋がっている。



石塚智寿
http://www.tomohisa54.com/

2011年6月6日月曜日

右腕が夏を知らせる



草アレルギーを持っているけど、毎日のように公園に出かける。
一口に公園と言っても、ここテンペルホフ公園は元々空港だったこともあり、386ヘクタールもある大きな公園。
大きな大きな滑走路跡がこの公園の特徴だが、敷地のほとんどは草原となっている。
そして所々に小さな林があり、小さな丘があり、そのまた所々にポツリポツリと木が立っている。

木陰を覗いてみると、空手の組み手をしているひと、ヨガをしている人、犬とゴロゴロしている人、ピクニックをしている人など、皆それぞれ思い思いの事をしている。

腕に蜘蛛が探検しにやってきた。

風に揺られて葉っぱ同士がスリスリしている音が心地いい。
その葉っぱの隙間からチラチラ照らす陽の光。

キュウーキュウー

今まで聴いた事の無い鳥の声。

さっきは蜘蛛、気づくと今度はアブラムシが親指に。

生ぬるい風とひんやりした風が交互に体を撫でて行く。

てんとう虫。

右腕が冷える。


夏が来たんだ。




石塚智寿
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2011年6月5日日曜日

歌人・河野裕子と戻らない日常




河野裕子さんという歌人と出会いました。
正確には河野裕子さんという歌人が遺した歌に出会いました。

何で今まで知らなかったのだろう、と思うくらい、彼女の歌は力強く、ありのままでした。

僕は今年に入ってから、日本の文化というものに改めて興味が湧いていた所に、短歌について教えてもらえる機会を得て、その会に何度か顔を出していました。
その中で、先日は河野裕子さんという歌人についての紹介をしていただき、その日以来、短歌に対する見方が一変しました。

短歌(五・七・五・七・七)というと、万葉の昔からその時代時代の日本人の心が詠まれてきたものだ、というのは知っていましたが、学校では俳句の方が勉強した記憶が残っているし、僕にとっては馴染みの薄いものでした。
また、旧字体や難しい漢字で書かれた言葉はとっつき難く、歌自体は名前が表す通り短いのでさらっと読み去ってしまうので、心に響き難かったのだと思います。

しかし、河野裕子さんの歌は僕の心に一直線に飛んできました。

熊本県で生を受けた河野さんは、大学時代にこれまた歌人の永田和宏さんに出会い、6年の交際の後、結婚して2人の子供をもうけます。
河野さん自身は高校時代から歌を詠むようになったそうです。
多感な少女時代を経て、 結婚して妻となり、子供を生んで母親となり、つい当たり前と感じてしまう、2度と繰り返さない日々の生活の中でその歌は詠まれて来ました。

河野さんは生涯で14冊の歌集を発表しました。

僕は歌の専門家ではないので、この数が多いのか少ないのか分かりませんが、河野さんは多作を勧めていたようですし、彼女も実際に多作の歌人だったのでしょう。

僕は河野裕子さんを特集した一冊の本を読んだだけなので、大そうな事を言うつもりはありませんが、いずれにしても、息を吸うように日常を感じ、息を吐くように歌を詠んでいたのでしょう、その時代毎の代表作からそれが伝わって来ます。
では、偏りがあるのを承知で、代表作の中から僕が気に入っている歌を紹介したいと思います。


逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと

夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと

河野裕子 第一歌集 『森のやうに獣のやうに』 (青磁社 1972年)

子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る

河野裕子 第三歌集 『桜森』 (蒼土舎 1980年)

しつかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ

河野裕子 第五歌集 『紅』 (ながらみ書房 1991年)

じやがいもを買ひにゆかねばと買ひに出る この必然が男には分からぬ

河野裕子 第八歌集 『家』 (短歌研究社 2000年)

明日になれば切られてしまふこの胸を覚えておかむ湯にうつ伏せり

わたしよりわたしの乳房をかなしみてかなしみゐる人が二階を歩く

ああ寒いわたしの左側に居てほしい暖かな体、もたれるために

河野裕子 第十歌集 『日付のある歌』 (本阿弥書店 2002年)

亡き父を呼び出したがる家族たち揉めごとあれば悲しみあれば

河野裕子 第十二歌集 『庭』 (砂子屋書房 2004年)

死ぬことが大きな仕事と言ひゐし母自分の死の中にひとり死にゆく

河野裕子 第十三歌集 『母系』 (青磁社 2008年)

あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき

さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ

河野裕子 絶筆 (2010年)


妻の言葉、母の言葉、娘の言葉、そして死と誠実に向き合った一人の人間の裸の言葉。

河野裕子さんは昨年乳癌で他界されました。64歳の若さでした。

僕は既に死別している父方の祖母が生前つけていた日記、その日記を思い出しました。
最後の数年間は一人暮らしでしたが、農作業をしたり、手芸をしたり、動いていないと落ち着かないおばあちゃんでした。
その生活を知っているから、単調な日記ですが、丁寧に日常を書き記そうとする気持ちが伝わってきます。

祖母は小さい頃、家が貧しかった事もあり、学校に行けませんでした。
だから、今になって日記をつけながら文字の勉強をしているのだと言っていたのを思い出します。
祖母の死後、僕はその日記を形見として一冊もらい、ベルリンに持ってきています。

そしてまた、秋田にいる母の事を想いました。
河野裕子さんは僕の母よりも少し年上なだけで、似ている所もあるなあと思ったり、病気のことだって、他人事じゃなくなる日が来るかも知れないという事を考えると、自然と2人を重ねて見ている自分がいました。

母は僕にとって愛情を限りなく送ってくれる存在です。
離れれば離れるほどに、その愛情が強く伝わってきます。

河野裕子さんの絶筆を読んでいて、母の事を強く想いました。

去年の8月、僕がベルリンに来る時の事です。

1ヶ月ほど秋田に里帰りした後、秋田を離れる夜行バスに乗る際に、見送りに来ていた義父と母。
それまで誰も泣かないようにしていましたが、別れ際、僕の手に母が細かく折りたたんだ壱万円札を押し込めるように渡しました。
「何も出来ないから、これをお守りだと思って」
その紙の小ささに、愛情がいっぱいいっぱい切ない程に詰まっていました。


日常というのは気を抜いているとあっという間に過ぎてしまい、当たり前にそこにあったものの大切さ、大事さは、大抵後になって失ってから気づくことの方が多いと思います。

河野裕子さんという人は、その日常を日常と思わず、その瞬間を大切に大切に噛み締めて、とうとうその人生を歩み切った方なのだろうと思います。


手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

河野裕子 絶筆 (2010年)

亡くなる間際は在宅看護を受け、この歌も夫の永田和宏さんが代わりに書き写したものだそうです。
日に日に弱っていく体を感じながら、終わりの刻を悟り、それでも精一杯もがいてみせる。
初めてこの歌を読んだ時から今でも、読む度に胸が押さえつけられます。



短歌という短い言葉に込められた、広大で奥深い世界。
河野裕子さんという歌人を通して、その一端を少しでも感じることが出来たかと思うと本当に嬉しいです。
そして、言葉というものに対して、改めて考えさせられるきっかけを貰ったように思います。

今回はいつもと違って、一人の他者に焦点を当てて言葉を綴ってみましたが、
やはり言葉を扱うのは簡単では無いと実感しています。
また、これはあくまでも僕個人の感想なので、興味を持った方は是非直接お手に取ってご覧いただけたらと思います。

合掌

― 参考文献 『シリーズ牧水賞の歌人たちvol.7 河野裕子』 (青磁社 2010年)










(制作風景を撮影した動画)


過去の作品をご覧いただけます。


石塚智寿 Tomohisa Ishizuka
画家。昭和55年(1980年)5月4日9時8分秋田市生まれ。茨城大学教育学部養護教諭(保健室の先生)養成課程卒。大学在学時より、独学で絵を描き始め、卒業後は東京にて定期的に個展を開催しました。2010年8月よりベルリンに活動の場を移して生活をしています。
好きな芸術家はジャン・ミシェル・バスキア、ニキ・ド・サンファル、アントニオ・ガウディなどで、彼らの作品は難しい事を考えなくても一目で魂が奮える程の力があると思います。好きな絵本はサン=テグジュペリの「星の王子様」で、「大事なものは心で見る、大切なものは目には見えない」という言葉は常に僕が思うところでもあります。好きなアニメは「攻殻機動隊」シリーズで、制作の時期に入ると必ずと言っていい程見返します。好きな音楽はYesの「Heart Of The Sunrise」、上原ひろみ、world's end girlfriend、THE BACK HORNなどで、制作の直前に大音量で聴きくことで、心にスイッチを入れます。

2011年6月2日木曜日

【展示】個展終了です。



ベルリンで初めての個展が無事終了しました。
今日は搬出をしたので、作品たちが家に戻ってきました。

作品は友だちが買ってくれました。
今回は自分自身とてもいい出来だと感じていたので、
もう少し売れるかなと思っていましたが、そんなに甘くは無いという事です。

もちろん作品が売れるに越した事は無いのですが、多くの経験をさしてもらったので、
またそれを次回の作品に昇華させて行きたいと思います。

ただ、日本で展示をしていた時は、基本的に会場にいて、お客さんと直接対話が出来たのですが、
今回はそうも行かなかったので、その点は残念だったかな。

まあまあ、仕切り直しです。
これまでもそうやって来たんだから、これからもそうやって行きます。

次回の予定は今の所考えていませんが、
近々何か発表できるように、また前に進んで行きたいと思っています。


それと、筋肉痛です。
あのペタンクで筋肉痛になったとは考えたくはありませんが、確かに筋肉痛になってしまいました。
腰からお尻の外側の筋肉にかけて、ハッキリとした肉の痛みを感じます。
普段どれだけ体を動かしていないかが分かります。

昨日、昼寝から眼を覚ました時、右手の薬指が痺れていました。
それ以来ずっと痺れています、神経がやられたのでしょう。
特にキーボードを打つ時に変な感じがして気になります。


石塚智寿
http://www.tomohisa54.com/

2011年5月31日火曜日

テンペルホフでペタンク



ここの所、徒然と日記を書いては更新していますが、この調子がいつまで続くのか心配になって来ました。
いつも気まぐれなので、また更新が止まったりしてもあまり気にしないで下さい。


家の直ぐそばのカフェで書き物をしていたら、フランス人の友だちから電話が来て、
「今テンペルホフ公園に来てるんだけど、遊ばない?」

ということで、炎天下の中、遊びました、バドミントン。
でもテンペルホフはいつも風が強い。
風が強いので凧揚げや、凧揚げとスケボーが合体した見たことも無い遊びや、とにかく風を利用して遊んでいる人たちがいる横でバドミントンをしました。

直ぐに止めました。


次に出てきたのが、ペタンクというボール。
知っている人もあるかも知れませんが、ウィキペディアを引いてみると、
「ペタンク(Pétanque)とは、フランス発祥の球技である。名称は南フランス・プロヴァンスの方言「ピエ・タンケ(両足を揃えて)」に由来する。地面に描いたサークルを基点として木製の目標球(ビュット)に金属製のボール(ブール)を投げ合って、相手より近づけることで得点を競うスポーツである。」

動画はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=alxkaGafjJk

日本のゲートボールに似ていると思うのですが、フランス人は若者もペタンクが大好きでよく遊ぶみたいです。
大切な文化なのでしょう。誇りすら伺えます。
日本の若者がゲートボールをやっているところを想像すると、フランス人が可愛く思えてきます。

石っころを投げるだけ。
ルールは単純なので、誰でも直ぐに楽しめるのですが、単純な分、奥が深い。

炎天下の中、草アレルギーであることも忘れて投げては拾い、
また投げては拾いました。
重い石なので風が幾ら強くても、風向きを利用する事は出来ません、いや、気にする必要はありません。

スポーツというよりも、将棋や碁に近いのかも知れません。
投げる、お互いの距離を計る、拾う。
ほとんど疲れない、静かな競技。
フランス人にとってはこの雰囲気がいいのかも知れません。

今度は年配の方も交えて楽しめたらいいと思いました。


石塚智寿
http://www.tomohisa54.com/

2011年5月30日月曜日

どうなっているのかな。



ねえ、僕らの命はどこから始まったのかな?

ねえ、この時間てさ、何時から始まったのかな?

僕らの生まれてきた意味、って何なのかな?

僕らはDNAを運ぶための入れ物に過ぎないのかな?

DNAは何がしたいのかな?どこに行きたいのかな?

何時からあるのかな?

全ての始まりを告げる鐘は何時鳴ったのかな?

全ての存在の矢が放たれたのは何処からなのかな?

その鐘は、誰が鳴らしたのかな?

その矢は、誰が放ったのかな?

さらにその前はどうなっていたのかな?

0(ゼロ)って、一体何を意味するのだろう?

この世界は一体どうなっているのかな?

僕は君だよ



「君は誰?」

「僕は君だよ」

「ちがう、僕は僕だよ」

「僕も君だよ」

「ちがう、僕は僕だけだよ」

「でも僕も君なんだ」

「僕は僕一人しかいないよ」

「一人って何だい?」

「一人って僕という人間がひとつしか無いということだよ」

「一つって何だい?」

「ひとつ、って何だい?」

森の音楽家



チュイチュイチュイ

ピョーピョーピョー

トゥルルルルルル・・・

チチチ・・・チチチ・・・

ピュピュピュピュイィィィィー

ツーーーーツーーーーツーーーー

ツィツィツィツィツィツィツィツィ

キュキュッキュキュッキュキュッ

チュチュチュチュチュチュチュチュチュ

ヒューーーゥ ヒューーーゥ ヒューーーゥ

2011年5月28日土曜日

猫、麦、草とフワフワと



一週間振りに病院に行ってきました。
喉もまだ若干腫れていて、咳は相変わらずです。

一週間同じ薬を飲んでも治らなかったからでしょうか、
アレルギーの検査をすることになりました。

両腕にボールペンで線を引いて場所を作り、
そこにテスト用の38種類のアレルギー検査薬を一滴ずつ、
その光景だけでもすごく面白かったですが、
さらに、針みたいなので液体を垂らしたところをチクチク。
液体が染み込みやすくするためと思いますが、
38チクです。

両腕がそういう状態なので、身動きしちゃだめよと言われます。
その状態で20分待っててと言われます。
早速ところどころ赤く、そして痒くなってきました。

軽い拷問のようだと思いました。

そして10分くらいした所で、
検査が終わった後で喉の診察をするために、
喉の麻酔みたいなのをスプレーされました。

急激に喉の感覚が無くなってきて、
唾を飲み込むのが辛くなります。

ムズムズする腕と麻痺した喉と。

約束の20分が経って、結果発表です。







フワフワ

はい、ということで、今回の症状の原因は以上のどれかによるものだと言う診断を受けました。
思い切り思い当たるフシがあります。

症状があまり改善しないことにも思い当たるフシがあります。

先生からは喉のスプレーと多分アレルギー用の錠剤が処方されました。

「先生、あの、公園の散歩てしたらまずいですか?」

「夏なんだからそりゃもちろん外に出て自然に触れるは自然なことだね、でも鼻スプレーしてね。」


やっぱり日本とは環境が違うので、体の反応も違って来て当然だと実感しました。
これで自分の体の事が少し分かったので、対策の取りようもあるし、
良かったと思うようにしています。


石塚智寿
http://www.tomohisa54.com/

2011年5月25日水曜日

昼間の散歩、電球、星の王子様と伸びてきたヒゲ



最近は日記の更新が捗っています。

暇、なのでしょうか。

いやいや、そんなことは無いです。

毎日のように公園を散歩しています。

暇、なのでしょうか。

いやいや、そんな事では無いのです。


昨日の夜、家に帰って来て部屋の電気のスイッチを入れると、
「パンッ」
と電球がショートしました。

参ったな、と思って別の電気のスイッチを入れると、
「パンッ」
とこれまた電球がショートしました。

2連続、ちょっと引きました。
3つ目の電気を付けるのに少なからず勇気がいったのは言うまでもありません。


それと、重大な事を思い出しました。

先日盗まれたリュックに、大切な大切な日本語版「星の王子様」の文庫本が入っていた事を思い出しました。
たまにふと読み返したくなる時があるので、いつもリュックに忍ばせておいたのが、
リュックごと盗まれていたのでした。

なので今はドイツ語版の「星の王子様」とオーディオ版の「星の王子様」で我慢していますが、
やっぱり日本語版も日本から送ってもらおうかと思っています。


最近はヒゲを伸ばしています。
生まれて初めてぐらい、伸ばしています。
31歳になってから、伸ばしています。

僕は今までヒゲを伸ばす事ができませんでした。
少しでも伸びてくると、気になって全部毛抜きで抜いていました。
1~2時間くらいかけて2日に一回くらいのペースで抜いていました。

でも最近は忙しかったせいか、抜く事を忘れていたら、
自然と伸びていました。

ベルリンの友達からは総じて評判がいいようです。
ヒゲがないと20歳くらいに見えると言われます。
ヒゲがあっても25歳くらいに見えると言われます。

アジア系の僕はただでさえ若く見えがちなのに加えて、
日本にいた時から若く見られていたので、
こっちの人からすると、相当若く見えるようです。

そういうことなので、ふいに全部抜きたくなる発作にも似た衝動に駆られることもありますが、
もう少しこのまま様子を見ようと思っています。


今日は(も)徒然なるままに書いてみました。



石塚智寿
http://www.tomohisa54.com/

おばあちゃん、ビールとタバコ



アパートに戻って来た時に、一階の踊り場でゆっくり階段を下りてくるおばあさんとすれ違いました。
なんかあまりにもゆっくりで大変そうだったので、手伝ってあげた方がいいのかな、
とか考えましたが、階段もあと十数段を残すのみだったので、大丈夫かなと思って上って行こうとしたら、
「て、手伝ってもらえませんか?(ドイツ語)」
と言われたので、持っていた布袋を持ってあげ、腕を貸してあげました。

えーと、どこまで行けばいいのかなと思って、玄関の扉の所まで一緒に行ったら、今度は
「タバコを買いに行くのに付いて来てもらえませんか?(ドイツ語)」
と言われたので、僕もなんだか嬉しくなって、一番近くのお店まで一緒にゆっくりとゆっくりと歩いて行きました。

袋の中身をチラッと覗いたら、空きビール瓶が3本入っていました。

100m位先にあるお店に連れて行き、
おばあさんは空のビンと新しいビールを交換し、ウォッカのようなお酒とタバコを買いました。
僕のことに気づいた店員さんが不思議そうに見つめる中、
その袋をまた僕が持ち、一緒にまた来た道を戻りました。

外は雨がパラパラと降っていました。
おばあさんは特に何か話すでもなく、ゆっくりゆっくり歩いています。
僕は、
「僕は日本から来たのですが、日本にいるおばあさんの事を思い出しました(多分ドイツ語)。」
と話しました。
おばあさんは、そうなんですか、という風な返事をしました。

こんなによろよろになりながらも、ビールを買いに来るおばあさん。
僕は不思議な時間の中にいました。

結局2階がおばあさんの部屋だったので、そこで僕の任務は終わりました。
最後に、
「フィーレン、フィーレンダンク(本当に、本当にありがとう)」
とゆっくりおばあさんは礼を言って扉の中に消えました。

僕は、渡したビールの入った袋の代わりに、何とも言えない気持ちを抱えて、
また階段を上がりました。


石塚智寿
http://www.tomohisa54.com/

2011年5月24日火曜日

チュイチュイとフワフワ



その後、先週の金曜日に病院に行ってきました。
海外旅行保険に入っていたので、試しに保険会社に電話して相談してみたら、全額保険の対象内だということだったので、早速行く事に。
全然知らなかったのですが、診察代も病院から直接保険会社に請求してもらうシステムもあるようで、予約もしてくれたし、不安なら電話を介しての通訳のサービスもしてくれるそうで、至れり尽くせりなんです。

そういう訳で、診察とそして薬を処方してもらい、少しずつ善くなっています。
でもまだ咳が止まらない、長丁場です。

ベルリンの最近は時々スコールがありますが、基本はとてもいい天気。
お花もきれいに咲いているし、小鳥もチュイチュイ鳴いています。
こちらの鳥さんは夜中でも鳴いているものがいて、クレイジーです。

あと日本では見たことが無いのが、街中森中に綿みたいなのがフワフワしていること。
ある木から降ってくるようなのですが、その量がすごくて、まるで雪みたいです。
春の雪です。風が吹くと吹雪いているみたい。

でも綿なので、足元にフワフワしてます。
小さい綿が集まってきてコロコロしています。
カメラが無いのがほんとに残念です、そろそろ本気で新しいのを買いたいです。


石塚智寿

2011年5月18日水曜日

ノド飴、お茶、ベルリン大聖堂



今日は薬局(アポテーケ)に行って、薬剤師の人に勧められた少し強めのノド飴を買って、あとスーパーで咳用のお茶を買ってみました。
うん、大分効いたみたいです。昨日までは普通のノド飴とウガイをする位しか対策ができていなかったので、随分と進歩した感じがします。この調子でサラっと治って欲しい。でもまだ扁桃腺がぼっこり腫れてるから、もう少し時間がかかるのかな、やっぱり医者に行ったほうがいいかな。


ということで、特に書くことが無いのですが、勢いのある内に書いておかないと、また書かなくなってしまうので、少しでもクセを付けておこうと思います。でもやっぱりまた書かなくなるんだろうな。

写真はベルリン大聖堂です。3月位に撮ったものです。
真ん中のドームの所には270段の階段を登って行けるそうです、まだ挑戦したことはないですが。

ここはベルリンの新宿に当たるアレクサンダープラッツから歩いて直ぐの所にあります。
しかも博物館島という世界遺産にもなっている地区の一角でもあり、ベルリンに来たらまずはココ、っていう程の観光スポットです。
この前の広場がとても気持ちが良くて、僕も知人がベルリンに来た際には必ずここに連れて来ます。
特に今の時期は天気もいいし、観光には持ってこいです。


石塚智寿

2011年5月16日月曜日

喉とゲリラライブ



こんなに喉がおかしくなったのは人生で初めてです。
咳がここまで止まらないのも初めてで、昨日は少しだけ友人とお茶をしましたが、その後咳が悪化して、寝つくのも一苦労でした。
そう考えると、喘息を患っている方々はもっと大変なんだろうな、そういえば、僕の愛するチェ・ゲバラも喘息持ちでした。

声が出ないっていうのも辛いことです。
このまま声が失われたら、とか考えると、実際にそういう人もいる訳で、僕の場合はほっときゃ治るんだろうし、贅沢な事を考えているとも思います。

そこまで行って、もう戻ってこれないこともある。
その時は、その時考えよう。


デジカメが無いので、これまでに撮りためていた写真の中から。

週末のベルリンの夜は長いです。
公共機関は概ねオールナイトで運行しているし、それはクラブというものが遊びの域を越えて、文化になっているから、と聞いたことがあります。
特にそれを感じさせるのが、駅構内で突発的に始まるライブ。
週末の夜、飲んで帰ってくると、乗り換えをする駅でいつも誰かがゲリラライブをしています。
電車を待っている人たちも、ノリノリで踊ってます。
その後、警察がやって来て終了、というのも何回か見かけましたが、そういったライブに出くわすと、不思議と気分がワクワクしてしまいます。
人々のエネルギーを感じます。


石塚智寿

2011年5月15日日曜日

【展示】「存在の証明」展・オープニングイベント

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当日は 多くの方に来ていただき、本当に嬉しかったです。ベルリンに来てから約8ヶ月が経ちますが、人が人を呼んでくれ、ピーク時には会場が一杯になりました。僕も人前でパフォーマンスをするのは実質初めてだったので、始まるまではもの凄く緊張しましたが、会場の雰囲気も良く、楽しんで制作をすることが出来たと思います。また、今回はライブペインティングというよりも、普段の制作の様子を公開するという趣旨だったので、観客の皆さんも、一画家の裏側を覗く事ができ、面白く感じもらえたようです。
このイベントを行うにあたって、沢山の人に協力していただいた事をこの場にてお礼申し上げます。搬入、設営、買出し、片付け、そして写真撮影、あとケーキを作って来てくれたりお土産があったりと、ひとつのイベントを開催するには、一人の力では出来ません。また、日本にいる方々からも励ましのメールを沢山いただきました。僕は自分のやりたい事を好き勝手にやっているだけと自分でも思いがちですが、その中でも多くの人に支えられていることを改めて実感させられました。
これからも、自分の道を邁進して行きますので、引き続き見守っていただけると幸いです。
本当に、ありがとうございます。





石塚智寿

【展示】「存在の証明」作品集



本展覧会に出展した作品をウェブサイトにアップしました。
ちなみに、日本にいらっしゃる方でも作品をお買い求めいただけます。送料については、作品のサイズ、届くまでの日数等によって変わってきますが、小さい作品であれば1,000円以内で送れるようです。
興味のある方は是非お問い合わせ下さい。

>>「存在の証明」作品ページ


石塚智寿

【展示】「存在の証明」展



既に個展が始まってから2週間が経ちますが、今頃記事を書いています。(ウェブサイトには開催前から載せてます。)
ここの所ずっと喉が痛かったのですが、昨日から声が出なくなりました。咳も止まりません。
すっごい変な感じです、人と話が出来ないので、淋しすぎます。

ということで、以下に本展覧会の情報をお知らせします。


第20回 石塚智寿新作絵画 「存在の証明」展

会期: 2011年4月29日(金)-5月28日(土)
時間: 火-金 10:30~、土 9:00~
場所: Link Hair Design(ベルリン/ドイツ)
入場無料

● オープニングパーティ●
2011年4月29日(金)20時~ 公開制作

作業場をそのまま再現し、制作風景を公開します。 僕にとって、作品を言葉で説明するのは本当に難しい事ですが、 作業している姿を直接見てもらうことで、 鑑賞する側も僕も新しい経験が生まれることを期待します。

>>詳細はコチラから


下の写真はフライヤーを置いてもらった所の一部です。

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石塚智寿

再起動



この一ヶ月、特にここ2週間は激動の時間でした。
このブログも最近では更新もろくにしておらず、個展のお知らせをしなければならなかったにも関わらず、パタリと止まってしまっていました。
その間、デジカメの入ったリュックサックが盗まれてしまいました。
外で飲んでいた時に、足元に置いていたのを誰にも気づかれること無く、やられてしまいました。ガックシです。

浜岡原発は、限定的にですが、停まりました。微力ながら、想いが形になった気がして嬉しいですね。

ということで、今後も更新の頻度はどうなるか分かりませんが、とりあえず、状況が一段落したので、改めて進んで行きたいと思います。


石塚智寿

2011年4月15日金曜日

ジーゲスゾイレ





戦勝記念塔 (Siegessäule, ジーゲスゾイレ)とは

ヨシノさんへ

コメント欄に何度書き込んでも反映されない事に気が付いたので、こちらより返信いたします。

以下、


ヨシノさん、コメントありがとうございます。
一度コメント返したつもりだったのに、反映されていないので再度書きます。

チェコで学ばれているのですね、確かにあまり聞いたことが無いので、その分貴重な経験をされていることでしょう。
ロシア人に原発のことでとやかく言われたくないですね、チェルノブイリだけでなく、核実験とか情報統制とか、日本の比じゃないでしょう。ましてや平和利用の原発と核兵器では全く意味が違いますからね。
ただなかなかそういうことを外国語で説明するのは大変だと思います、僕もドイツ語ですが、込み入った話をすることはまだ出来ませんし。
ではでは、これからも歩き続けてください、応援しています。

石塚

以上、


それと、浜岡原発を止めるための署名については、先日4月12日に主催者の代表が(株)中部電力の社長宛に届けたようです。最終的に53.851人の賛同者が集まった様です。これからの反応を待ちましょう。
※要望書への署名は結局4月11日まで延長されていた様です。

「浜岡原発を止めよう」のページ
http://www.momodelic.sakura.ne.jp/hamaoka_genpatsu/japanese.html

2011年3月17日木曜日

浜岡原発の運転停止を願う署名運動について

今回の震災、そして原発事故について、

政府と東電は己の保身にこだわり情報は常に後手後手、住民の不安を無駄に煽らないようにと嘘を付いていると思います。
現場で命を賭して戦っている方々とは悲しいくらいの心の汚さ、胸が張り裂けそうです。

ベルリンにいる僕は、何ができるのかとずっと考えています。
刻一刻と状況が変わる中、情報収集と家族との連絡を取り合うくらいしかできなかったのですが、その中で、静岡の浜岡原発の停止運動をしているサイトを見つけました。
「福島原発事故を受けて、浜岡原発の運転停止を願う市民有志」
http://www.momodelic.sakura.ne.jp/hamaoka_genpatsu/japanese.html
(署名期限が日本時間の17日午前7時まで、残り30分程しかありません。
時間前に一人でも多くの方がご覧になることを望みます。)

その背景には、以前より噂をされている東海地震がもし発生したら、浜岡原発はそれに耐えられないということがあるようです。
「浜岡原発2号は東海地震に耐えられない 設計者が語る」
http://www.mynewsjapan.com/reports/249

これについては、福島原発の設計に関わってきた方も、実は設計段階で安全性が十分でなかったと今になって発言しています。

元・東芝原発設計者の小倉さん:「福島原発の設計ではM8以上の地震は起こらないという想定だった」「GEのコピーとして設計したため、津波のことは考慮されていなかった。その後されるようになっても、今回のよりずっと小さいレベル。」

そしてもし最悪のケースになったら、関東がすっぽりとその被害を受ける地域になるとのことです。
「浜岡原発がメルトダウンした時の放射能被害シュミレーション」
http://www.stop-hamaoka.com/simulation.html

また、今回の事態を受けて、原発を推進していた宮崎県串間市はその判断をする住民投票を取り止めています。
「宮崎県串間市のホームページ」
http://www.city.kushima.miyazaki.jp/modules/contents04/index.php?content_id=156

実際に15日には富士宮で震度6強の地震がありましたし、ただでさえ今は福島の原発で必死なのに、これ以上甚大な被害を広げるよりは、今出来ることをしたいと考えます。

長くなりましたが、このような理由で、先に紹介した、浜岡原発の即時停止について、僕はその運動を支持することにします。
これを見ているみなさんも、是非この機会にお考えください。
僕がこの署名運動のことを知ったのもつい先ほどだったので、この文章を読む頃にはもう時間が過ぎているかも知れませんが、時間前に気付かれた方、よろしくお願いします。


最後になりますが、現場で決死の覚悟で戦っている作業員の方々に、心からの感謝と愛を!!


石塚智寿

2011年3月15日火曜日

冷却への祈り




祈ることしか出来ない。
だったらコップ一杯の水だけど、冷却水に使ってください。
そう思って水をお供えしてお祈りしています。
東京電力の作業員の50人の方々へ、奇跡が起こりますように。

2011年2月15日火曜日

ある日の風景

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先週は少し寒さも和らいで冬も終わったかなと思っていたら、昨日は雪がまた雪が降りましたよ。
またヒンヤリしています。

でも日本に比べたらなんちゃこと無いんだろうなあ。。

2011年2月7日月曜日

Lange Nacht der Museen

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日記を書くのは一ヶ月振りになります。
先月末、「ランゲ・ナハト・デア・ムゼーン(美術館の長い夜)」というイベントが行われました。
このイベントは、その日だけベルリン市内の美術館が夜中の2時まで開館しているというもので、学生だと10ユーロで見放題になります。ただ厳密には参加していない有名美術館も幾つかあって、全部は見れないのですが。
僕はドイツ語学校の友人と一緒に3つ程回ってきました。(3つ目は美術館ではなく水族館でしたが。。)

写真は一つ目に行った「旧博物館」にて展示されていた古代ローマの人たちの石像です。
目玉が落書きされたみたいになっている人や、鼻が取れちゃった人、そして鼻を後からつけてもらったんじゃないかって見える人とか、皆とってもいい顔してます。
ちなみに、最後から2番目の写真がシーザーさんで、最後のがクレオパトラさんとのこと。
イメージと大分違うので驚きました。
シーザーさんはなんだか特別仕様だし、クレオパトラさんは意外とあっさりとした顔立ちです。


ベルリンも今日の気温は10度まで上がったようで、寒さも大分和らいでいます。
ドイツ語学校も5ヶ月目に突入、カタコトですがクラスの友人とは全てドイツ語でやり取りをしています。
そして気付くとこっちに来てから丁度半年が経ちました。



筆者のウェブサイト
http://www.tomohisa54.com

2011年1月10日月曜日

記事が掲載されました。



ベルリンに移り住んでからの数ヶ月をまとめた記事を、下記のサイトにて掲載していただきました。是非ご覧ください。
「あきたのかお」
http://www.akita-kao.com/?p=3351



筆者のウェブサイト
http://www.tomohisa54.com

2011年1月6日木曜日

プチ観光

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今日は久々に雲ひとつ無い青空に恵まれたので、ベルリン市内を少しだけ観光しました。
川の水面に氷が流れていました、流氷です。



筆者のウェブサイト
http://www.tomohisa54.com

2011年1月3日月曜日

謹賀新年




皆様


明けましておめでとうございます。石塚智寿です。
正月もあっという間に3日が経とうとしています。

僕は今年は生まれて初めて年末年始を海外で過ごしています。
ベルリンでの暮らしも6ヶ月目に突入し、こちらでの生活にも随分と慣れてきました。

現在はドイツ語の学校に通い、そこで出会った様々な国の人たちとの交流を通じて、これまで日本では味わえなかった新鮮な経験を味わっています。
その中で、ありのままに話すと、自分の存在を根底から見つめ直す機会も多く、精神的に追い詰められることも度々あり、そういった訳で、当然作品制作も思うようには進んではいなかったりもするのですが、むしろそういった経験をするために来たのだと考え、もがきながら、一つ一つの壁にぶつかっている状況です。

昨年は大きな変化を起こした年だったので、今年は、ベルリンのこの地にしっかりと根を張って地道な活動を行っていきたいと考えています。


旧年中は日本にいる時はもちろんの事、ベルリンに来てからも時よりいただくメールなどで、多くの方に励ましの言葉をいただきました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

僕も新しい作品で皆様に応えて行きたいと思いますので、今年も引き続き、ご支援とご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
そして皆様にも今年一年がひとつでも喜びの多き年となるよう、少し離れたベルリンよりお祈りしております。


2011年1月3日
石塚智寿



筆者のウェブサイト
http://www.tomohisa54.com